詐欺師だったジョセフ・スミス①:見者の石

最初の示現を受け、気がつくとジョセフ・スミスは大地に横たわっていました。「どこの教会にも属するな」と言われそのまま放置されたわけでなんとも無責任な神と御子ですが、ジョセフはその後如何に過ごしたでしょうか。

教会公式の説明(美化された虚構)

まずは教会の公式の説明を紹介します。
「神とキリストを見た」と周囲(特に地元の牧師など)に語ったため、若きジョセフは激しいあざけりや宗教的な迫害を受け、孤独に耐えねばならなくなりました。しかし、忍耐と貧しかった家族との農作業、時には鉱山の日雇い労働によって、彼の預言者としての資質は錬磨された、と説きます。 そして、1823年に天使モロナイの来訪を受け、金版の在処を示され、それから4年にわたって指導を受けたとされています。

歴史的ファクト(隠されてきた史実)

もちろんこれは教会の創作で、史実は大いに異なっています。
当時の地元の裁判記録(1826年)、近隣住民の証言(アファダビット)、および近年の歴史研究(教会自身の歴史プロジェクト「ジョセフ・スミス・ペーパーズ」でも一部認められている事実)が示す内容は以下の通りです。

最初の示現の2年後の1822年、16歳のジョセフは近所のウィラード・チェイスの敷地で井戸掘りを手伝っていた際、「茶色の卵型の不思議な石(のちのモルモン書翻訳に使われる見者の石)」を発見します。

ジョセフ・スミスが使用したとされる見者の石
【写真解説】ジョセフ・スミスの「見者の石(Seer Stone)」
末日聖徒イエス・キリスト教会が2015年に初めて公式に一般公開した本物の写真。卵型(楕円形)をしたチョコレート色の滑らかな石で、表面に白い縞模様が入っているのが特徴です。ジョセフ・スミスは元々、この石を使って埋蔵金を占う詐欺行為(宝探し屋)を行っており、後にこの全く同じ石を帽子に入れてモルモン書の翻訳(口述筆記)を行いました。

ジョセフはこれをチェイスから借りたまま(実質的に奪って)自分のものにし、この石を帽子の中に入れて覗き込むことで、「地中に埋まった財宝や失くし物が見える」と主張し始めました。
ジョセフは貧しい実家の農作業に従事していたのではなく、「見者の石(Seer Stone)」を帽子に入れて埋蔵金を占う、オカルティックな宝探し屋(Money Digger / Glass Looker)として金を稼いでいたのです。

当時、ニューヨーク州西部ではオカルティックな宝探しが流行していました。ジョセフは父親とチームを組み、近隣住民からお金を取って「財宝、インディアンの遺物、スペイン人の隠し金」がどこに埋まっているかを占っていました。当然、一度も財宝は掘り当てられず、「悪霊が邪魔をして、掘る直前に財宝が地中のより深くへ沈んでいった」などと言い訳を繰り返していました。

1825年、ジョセフの「占い師」の才能を見込んだジョサイア・ストーウェルにスカウトされます。「埋蔵金を発見するための占い師(Glass Looker)」として、当時としては高額な月給14ドルでジョセフをスカウトしたのです。

1826年にストーウェルの親族(ピーター・ブリッジマン)が「ジョセフはストーウェルを騙して金を巻き上げている詐欺師だ」として通報。ジョセフは逮捕され、アルバート・ニーリー治安判事の前で実質的な有罪(または町からの退去を条件とした司法取引)となりました。この裁判記録には、ジョセフ自身が「自分は石を帽子に入れて宝を探す技術を持っている」と認め、住民たちも彼に金を払って占ってもらったと証言した生々しい記録が残っています。
※この裁判の詳細については、別項にて詳しく検証します。

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