【モルモン春秋 スウェーデン大背教】

2010年代初頭に起きた「スウェーデン大背教」(モルモン側は「Swedish Rescue / スウェーデン救済」と称しています)は教団がもっとも隠したい事件です。推定数で600人といわれるスウェーデンのモルモン信者が一気に元ヨーロッパ地域七十人を初めとしてごっそり脱会、あるいは不活発化したのです。モルモン教はいつものように「そんなこともあったかなあ」というような態度でいなそうとしていますが、これは声を大きくして語り継がねばなりません。特に日本のように言論統制が上手くいっている国ではちゃんと知ることが大切です。

さて、ことの始まりは2005年です。穏やかな北欧の国でなにがあったか、見てゆきましょう。

ハンス・マットソン氏の苦悩

ハンス・マットソン氏の画像

スウェーデン人ハンス・マットソン氏は3代にわたるモルモンでした。当時かれはヨーロッパ地域七十人定員会の会員という要職にありました。そんな彼のもとに信者たちが教会の歴史や教えに反するインターネット上の情報を持ってやって来ました。それらの回答を教会から欲しい、というのです。彼はモルモンの指導者なら誰でもそうするように、それを「反モルモン教のプロパガンダ」、「ルシファーの囁き」だといったんは一蹴しました。しかし、その一方で調査も約束し、教団上層部に疑念にどう対応すべきか助けを求めたのでした。ところが、上層部は質問をはぐらかすばかりでした。

ようやく2005年、ハンス・マットソン夫妻と数人の信者がモルモン教の十二使徒L・トム・ペリーと会うための会合が設定されました。マットソン氏らはモルモン教の様々な疑問を記録したコピーの束を持参していました。それらはその場ですぐに閲覧されましたが、回答は「後日連絡する」という約束のみでした。
使徒トム・ペリーは自身のカバンを見せ「このブリーフケースの中に原稿がある。これはまもなく出版されるが、そうなればすべての懐疑論者の間違いが証明されるだろう」と公言したのです。しかし、その原稿を見せることもなく、出版されることもありませんでした。おかしく思ったマットソン氏が本部に出版の件を尋ねると「そんな質問は無礼だ」という回答をされてしまいます。念のために言っておきますが、そのような本は2026年の今日に至るまで出版されていません。要するにその場しのぎのハッタリだったのです。
カバンをみせても中を見せないで、オレを信用しろ、まるでヤミ金漫画の世界ですね。これがモルモンの使徒なのです。

「こういう者たちは偽使徒、ずる賢い働き手であって、キリストの使徒を装っているのです。」(『コリントの信徒への手紙二』11章)

金融屋ペリー

金融屋のような使徒

マットソン氏にも転機が訪れます。このことのストレスもあり、心臓疾患で手術を余儀なくされます。モルモンの役職もすべて辞し、手術と静養ということになってしまったのですが、これはむしろ好機でした。また、スウェーデンの信者にとっても幸運でした。
教団、特に使徒の不誠実な対応に業を煮やしたマットソン氏は独自に調査を始めていたのですが、静養の身で調査は加速しました。モルモン批判のポッドキャストを聴き、リチャード・ライマン・ブッシュマンの書いた伝記『Joseph Smith: Rough Stone Rolling』(ジョセフ・スミス:荒石転がし)、フォーン・M・ブロディによる伝記『誰も私の歴史を知らない:ジョセフ・スミスの生涯』(No Man Knows My History)等多くの本も読みました。結果、彼も疑問を共有する立場となったのでした。

SNSに集まる仲間

モルモンの歴史と教義に疑問を抱く仲間約600人あまりがFacebookの非公開グループに集い、マットソン氏はその中心的存在となりました。もう放置しておけば収まるレベルではありませんでした。
2010年の夏、使徒ラッセル・M・ネルソン(後第17代大管長)と七十人第一定員会会員ロナルド・A・ラスバンドがスウェーデンを訪問し、会員数名と面会しましたが、満足のいく回答はほとんどありませんでした。教団は教会の歴史家を派遣することを約束します。本腰を入れて、『救済』に乗り出さねばならないとようやく気づいたのです。またこの時、教団幹部はスウェーデンに分派ができることを心配したようです。真面目に教義の解決をしようとしている人たちに分派を懸念する。ずいぶん俗的です。

運命のファイヤサイド

教団が派遣したのは使徒クラスではなく七十人第一定員会会員で、モルモン教の公式歴史家のマーリン・ジェンセン、教会歴史家補佐のリチャード・ターリーたちでした。あれ?決定的な著作をものしたはずのトム・ペリーさんはどこ行ったんでしょうねえ。そして後に大管長になったネルソンでも解決できなかったというのに格下の人物を送ってくる。モルモンという組織の底が見透かせますねえ。

2010年11月28日(日曜日)の夕方、スウェーデンのストックホルムにある教会堂で非公開の会合(ファイヤサイド)を開きました。そこには約25名の会員が集いました。
その内容は極秘に録音され文字起こしされネット上で拡散したため、教団も内容を公開しました。英文ですが読むことができます。
ファイヤサイドの文字起こしページ

まず、指導者側から、誤りよりも真実を求め、聖霊に答えを求めるようにと発言されました。
次に、マーリン・ジェンセンは、答えを求める際には感情と知性を組み合わせることが重要だと述べ、教会の公式ルート以外の情報は信頼できないことを示唆しました。そして、「教会が持つ歴史的情報はすべて、いつか全世界に公開されるでしょう。…その方法の一つとして、教会の歴史に関する目録をインターネット上に公開し、そこに私たちが持っているすべての資料をリストアップします。そして、時間をかけてすべての文書のデジタルコピーを作成し、世界中の人々が利用できるようにしていきます」と会員たちに保証しました。

初期のモルモン教の史的データ公開は確かに徐々に進んではいます。それは研究者らには歓迎されています。しかし、教団が公式な回答を求める声に応えることとは根本的に違っていて、その点で進捗は皆無です。

冒頭から、霊感での答えに導こう。「やってる感」を出してこの場を切り抜けようという姿勢が見え見えだったのです。

会は個別の質疑応答に入りました。大まかに15の質問が提示されました。

1. モルモン書の翻訳の方法
2. 一夫多妻制と一妻多夫制
3. 女性に一夫多妻制の結婚を強制することは、キリスト教的な行為だったのか
4. アブラハムの書とキンダーフックプレート
5. 主のために嘘をつく
6. マーク・ホフマンの偽造事件
7. 血の贖罪
8. 最初の示現
9. 検閲された教会史
10. 会員はすべての真実を知るべきでしょうか?
11. 神権の回復
12. 黒人と聖職
13. 神殿での悪い体験
14. バイキングとモルモン書
15. アダム=神

15の質疑の全てがモルモン教団にとってはキラーコンテンツと言って良いでしょう。ひとつでも認めればモルモン教の真実性が瓦解します。ここでは各項のやりとりを述べませんが指導者側は質問には終始以下のような対応でした。「答えは分かっているが、説明する時間がない」「取り組んでいる」「いつかその答えが分かるといいですね」でした。
参加者のひとりは落胆をもって以下のように語りました。
「私たちは、教会の指導者たちが、私たちの質問に対して、真剣に取り組んでくれることを期待していました。しかし、彼らは私たちの質問に対して、十分な答えを提供することができませんでした。」「長年の葛藤と悲しみを経て、ようやく心の平安を得ました。結局のところ、私が教会の一員である理由は、末日聖徒イエス・キリスト教会の主張が文字通り真実であると教えられて育ったからです。もしそれが真実でないなら、教会の一員であることは嘘を支持しているような気がしていました」

彼らの疑念はファイヤサイドの場で突然提示されたものではありませんでした。早くから答えを求められていたものでしたし、批判者たちからすればすべて既に指摘してきたことばかりでした。日曜学校の先生や生徒には「充分準備しましょう」というモルモン教の幹部がこの有様なのです。
15の質疑の詳細は、論評も加えられたユタライトハウスの記事が詳しいです。こちらも英文ですが大変有益です。

二年後の決着

ファイヤサイドから2年が経過して、ようやく教会の指導者から文書が届きました。「スウェーデン救済文書」と呼ばれるものでしたが、そこには15の質問の答えは皆無でした。
ファイヤサイドから2年、最初にマットソン氏に相談してからはなんと8年を待たされて、このいつでもどこでも出せる回答に全員が大いに失望しました。2013年に多くの(600人とも呼ばれる)信者がモルモンを去りました。そのなかにはマットソン夫妻も含まれていました。彼はニューヨーク・タイムズの取材にも応じ、世界が知るところにもなったのです。

それからのこと

昔、大管長スペンサー・W・キンボールは全信者にこう言って発破をかけていました。「Do It !」(実行)と。執務室にも大書し掲示されていたそうです。ところがこの預言者の号令は2000年代には忘れられていたようです。

【Do It!】

怠慢を叱責される教会歴史部

特筆すべきは大量の背教に教団サイドも強硬策を打つことができなかったことです。マットソン氏など主要な人物を破門にするなどの措置は行われず、教団側は静かに幕を引こうとしたのです。やはり、団結することは大切なのですね。ひとつの教訓です。
また、モルモン教団は信者の疑問に答える力が皆無ということもスウェーデン大背教で露呈されました。これも教訓です。巷間で接するモルモンへの疑問は全て事実ということなのです。

脱会したマットソン夫妻はその後、神殿の秘中の秘儀「第二の油そそぎ」についてもその内容を告白し、モルモン教の潜在的な酷い不平等を暴露してくれました。
「第二の油そそぎ」についてはこちらをご覧ください。

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